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5年前の3月11日。
日本全国が、忘れられない体験をしたあの日。
私にとって、忘れられない記憶があります。
私事ですが、ちょうど5年前は、母校の高校が始めて全国高校選抜テニス大会に出場を決めていました。
震災から、2週間後の大会開催。
ですが当時の状況を考え、「やはり大会は開催されない、自粛だろう・・・」と、OBの私も諦めていました。
それでも・・・5年前の福岡の地で、大会は開催されました。
足を運んだ当時のことを、昨日のことのように覚えています。
「5年前のあの時」を思い出すたびに、テニスというスポーツの存在意義を私は再確認します
1.大会の主役である選手に、思い切りテニスをやって欲しいという想い
当時はあらゆることが自粛の世界。
ましてや娯楽の象徴であるスポーツは、色々な大会が自粛の名の下に延期されていきました。
しかし、テニスの大会だけは開催された。
まずはこの事実を考え、当時の大会関係者の皆さんに感謝したいと今でも思います。
たくさんの意見や非難の声があった中で、それでも高校生の選手にしっかりテニスで勝負してもらいたい、というメッセージを、私は感じました。
2.優勝した相生学園が辞退した東稜高校を招待した意味
大会が終了した後も、テニス界のエピソードは続きます。
その大会で男子団体戦を制した相生学院が、唯一大会を辞退した東北の東稜高校を地元の兵庫県に招待し、親善試合を行ったのです。
2011年6月、まだ震災から3ヶ月しか経っていない時期に、優勝校が東北の学校を招待する・・・。
東北の学校は、お世辞にもテニスのレベルが高いとは言えない。
全国大会では1勝するのがやっと・・・というのが、現実です。
その試合を前にして、相生学院の荒井監督は、「負けたら優勝旗を東北に渡す」とまで明言して、真剣勝負で挑みました。
想像してみてください。
もう、試合は一方的に相生学院のペース。
1ゲーム、1ポイントを獲るのがやっとの東稜高校ですが、それでも必死に喰らい付いていく。
この戦いには、どんな意味があるのか・・・。
そこにはテニスならではの、メッセージが込められていたように思います。
3.テニス人生は、長く太く、続いていく
東稜高校の選手たちが、ボコボコにやられていく。
そこまでやらなくても・・・というくらい、相生学院は本気で震災直後、まともに練習もできていない高校生を、叩きのめしている。
今この光景が放送されれば、もしかしたらネット上で炎上していたかも知れません。
でも、そこにはメッセージが込められています。
「高校を卒業し、テニス人生はまだまだ続いていく。テニスで一番おもしろいのは、真剣勝負だ!」ということ。
どこかの選手の引退試合であれば、相手に勝たせてあげたりポイントを獲らせてあげるということもあるでしょう。
ですが、東稜高校の生徒は違う。
真剣勝負で向き合うことこそ、彼らにとって今、必要なことだと、相生学院の選手は分かっていたのです。
大学に進学しても、就職しても、きっとまだまだテニスを続けてくれる、続けて欲しい・・・。
だからこそ、これがスタート地点でもある。
まだまだ、高校テニス界も捨てたもんじゃないと、思いませんか?
野球やサッカーだけでなく、高校テニス界にも、しっかりと考えて行動に移す芽は育ってきている。
そんなメッセージが、この対戦には込められていたように思います。
■相生学院テニス親善試合①
■相生学院テニス親善試合②
いつもテニスができるコートがある、ラケットがあってシューズがある、というのを、当たり前だと思うかどうか。
私自身、いつも考えることがあります。
自分一人で、テニスはできない。
そして、真剣勝負に応えてくれる相手がいるからこそ、楽しい。
そのことを、3月11日という日が思い出させてくれる。
もちろん、テニス一つで出来ることは限られているでしょう。
それでも、私はそのテニスの可能性を、信じたい。
ラケットでボールを打つことで気持ちが前向きになる、明日を頑張ろうと思う、仲間が出来る、健康的な一生になる・・・。
そんな未来を、描いていきたい。
皆さんもぜひ、色々な環境があると思いますが、まずはテニスを続けて欲しい。
5年前の3月11日を想うとき、その願いだけが頭をよぎります。
さぁ、テニス、頑張りましょうか!